読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

副病院長 神経内科 畑 隆志

前回は是非とも病院にかかっていただきたい「危険な頭痛」とわが国では最も多い「緊張型頭痛」についてお話いたしましたが、今回は「片頭痛」について考えてみたいと思います。この「片頭痛」も慢性の一次性頭痛の一つです。わが国の成人(15歳以上の男女)の1割弱(8.4%)が片頭痛もちといわれています。女性に多く(男性の4倍)月経や排卵と関連して現れることが多いようです。諸外国の検討ではわが国より多く、片頭痛の年間有病率は男性で6~15%、女性で14~35%と性差と人種差のあることが示されています。古来片頭痛は洋の東西にかかわらず多くの女性を悩ましていたようです。メアリー1世(血のメアリー)、ジャンヌダルク、ポンパドゥール夫人、ジェーン・オースティン、樋口一葉、ジャクリーン・ケネディー、ウーピー・ゴールドバーグなどなど枚挙にいとまがありません。また小説家や画家あるいは作曲家など芸術家には頭痛もちが多く、作品の中に片頭痛のつらさを詳細に著しています。芥川龍之介の「歯車」にも患者さんでなければ言い表せない片頭痛の苦しさが詳細に記載されています。

片頭痛発作は思春期ごろから多くなり、最盛期は30歳代で、60歳以降にはめっきりと減ります。頻度は月に1~2回、少なくて年数回、多いときで週に1回程度、繰り返し起こります。起こり方は南国の夕立(雷雨)のように、発作的に起こります。片方のこめかみから眼のあたりがズキンズキン、ドクンドクンと、まるで「頭の中に心臓があるように」拍動性に痛むことが特徴とされていました。しかし片頭痛という病名にもかかわらず4割のかたは頭の両側が痛み、ひどくなると拍動感がなくなり、持続的に頭全体が痛みます。また片頭痛には「前兆(アウラといいます)」があることもよく知られていますが、8割は前兆のない片頭痛です。残りの約5分の1の片頭痛患者さんが前兆を経験します。前兆にはいろいろな症状がありますが、最も多いのが「閃輝暗点」といわれるものです。たとえば新聞を見ていますと、視界にチカチカした光(「閃輝」といいます)が現れ、これが拡大していくにつれ、元のところは見えにくくなります(「暗点」といいます)。この前兆は、普通20~30分続きます。前兆が終わるころから頭痛が襲ってきます。痛みの程度は、仕事や家事が手につかず、できれば横になりたいと感じ、ひどいと寝込んでしまうような強さといわれます。「階段の昇降など日常的な動作により頭痛が増悪する」というのも片頭痛の重要な特徴です。頭痛発作中にはしばしば吐き気や嘔吐を伴いますし、光や音に過敏となります。つまり光がまぶしくて仕方がなかったり、まわりの音や声ががんがんと頭に響いたりします。時には臭いにも敏感になります。

原因は「三叉神経血管説」が有力です。その第1段階は何らかの「きっかけ」により、脳血管の周りの神経(三叉神経といいます)が刺激されることで始まります。第2段階として「痛み物質」が血管周囲に放出されます。第3段階として、その結果、血管の拡張と炎症がおこり、頭痛が起こります。その「きっかけ」としては、つぎのようなものがあげられています。ストレス、月経、不規則な睡眠、人ごみ、まぶしい光、アルコール摂取(特に赤ワイン)、肩こりなどです。これらの「きっかけ」は種々の頭痛に共通であって、片頭痛診断の決め手にならないこともあります。しかし、片頭痛は緊張型頭痛と違ってリラックスしているとき、たとえば、激務が続いたあとの休日や週末、あるいは飲酒時などにおこりやすい傾向はあります。片頭痛を起こしやすい体質は遺伝し、父親よりも母親の影響が強いのが特徴です。母親が片頭痛ですと、子どもの約半数に片頭痛が認められるとされています。また、ちょっと心配なことがあります。片頭痛持ちの患者さんでは、後々、脳卒中や心臓発作をおこすリスクが高まる可能性がありそうです。関連性のメカニズムは明らかになってはいませんが、前兆のある片頭痛を経験したことのある女性は、一般女性に比べ、脳卒中や心臓発作のリスクが2倍ほど高いことが示されています。

治療にはセロトニン受容体に働きかける特効薬のトリプタン製剤が片頭痛発作を頓挫させる目的で処方されます。片頭痛の原因である血管の炎症と拡張を抑える効果があり、市販の頭痛薬よりもむしろ副作用も少ない薬です。発作の回数が多い場合には片頭痛発作の予防薬も使用されます。塩酸ロメリジンとバルプロ酸ナトリウムがわが国で承認されている予防薬ですが、一部の抗不整脈薬や降圧薬なども有効性がしめされています。

次の話題は「鎮痛薬の飲みすぎが頭痛を招く」です。痛みをとるための鎮痛薬が頭痛をおこすなんて、信じられないと思いませんか?しかし、鎮痛薬を常用しているうちに、説明書に書いてある必要量だけでは足りなくなってどんどん服薬量が増え、その副作用で頭痛がおこったり、かえって症状を悪化させたりしてしまうこともあるのです。

もともと人間の脳には痛みを調整する機能が備わっていますが、鎮痛薬を常用するうちに、その調整機能が衰えてきます。脳が痛みに対して過敏になり、普通は感じない痛みにまで反応するようになります。その結果、薬が効いている間は痛みがおさまるものの、薬の効果が切れると、またさらに強い頭痛がおこり、薬を飲み続ける状態に陥ってしまうのです。このようなケースを「薬物乱用頭痛」といい、近年はそのような患者さんが増えています。とくに片頭痛の人は、痛みがおこる前に薬を飲んだほうが軽くすむため、頭痛がおこるのを恐れて薬を予防的に常用してしまいがちです。医師の診断を受けない人が多いため実際の患者さんの正確な数はわかりませんが、潜在的な患者数は非常に多いと推測されています。3カ月以上にわたって月に10~15日以上も鎮痛薬を飲んでいる場合は、「薬物乱用頭痛」と診断されます。一般的に鎮痛薬は根本的な治療薬ではなく、対症療法のための薬なので「3日程度を目安に適量を使用する」ように処方、または説明書で指示されています。5~6回程度服用しても症状が改善しない場合や、痛みが繰り返しおこる場合は、ぜひとも頭痛外来など、専門科を受診してください。

薬物乱用頭痛の治療は、市販の鎮痛薬では効果がないため、医療機関で行います。まず原因の薬を完全にやめることがすすめられますが、痛みがひどい場合は入院していただき、抗うつ薬や抗てんかん薬などの予防薬を服用しながら、徐々に鎮痛薬を減らしていくこともあります。

原因の鎮痛薬をやめると、もともとの頭痛の症状があらわれてくるので、頭痛のタイプに合わせた適切な治療を行い、痛みがコントロールできるようになれば予防薬を減らしていきます。薬の乱用を防ぐには、市販薬なら単一成分のものか、成分の種類の少ないものを選び、適量を守ること。服用は1カ月に10回までに抑え、薬物依存性のあるカフェイン入りは避けましょう。頭痛の予防には、日ごろからストレスをためずに、血液循環をよくする軽い運動を毎日続けることなども大切です。日本頭痛学会により頭痛体操も考案されています。

頭痛は極めてありふれた病気です。まれには重大な疾患の前兆や警告であることがありますが、多くは頭が痛いことが病気のすべてです。ただ頭痛があることによって、損なわれる生活の質は重大であり、本来人生で最も充実しているはずの若・壮年期に繰り返し襲ってくる「頭の痛み」に、心を悩ませて勉学・仕事や家庭生活に多大な制約が生じてしまいます。頭痛のあるときの学習能率や労働生産性が著しく低いことは多くの研究が示すところであります。さらに鎮痛薬をのみ過ぎることによって、難治性の頭痛が起こることも最近の話題になっています。たかが頭痛と軽く考えず、正確な診断を受けて適切な治療法について考えてみませんか。