読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

病理診断科 科長 中村雅登

 皆様は清水病院の正面玄関の左側の診療科一覧をご覧になったことがおありでしょうか。その中の右下にポツンと病理科があるかと思います。さて、何をする科でしょうか。今回はこの病理科の紹介をやさしくさせていただきます。

 今や、日本人の二人に一人は「がん」になる時代です。「がん」は珍しくもなく、ごく普通の病気になってきました。また、もはや「がん」になっても不治の病でもなく、テレビドラマなどの台詞で「あと、半年の命です」などと必ず言われる病気でもありません。いろいろな診断技術・治療技術の進歩によって、確実に予後は改善しています。でも、この「がん」はどのようにして診断されるのでしょうか。今回はそのお話です。

 「がん」は、少し難しくなりますが、医学用語では悪性新生物と呼ばれています。新生物とは体(臓器、組織)の中に、新しく別にできた生物という意味になります。その本体はいろいろな臓器の正常の細胞とは異なる細胞が増えてできる病気です。ただ違った細胞が増えるのならば、別に困らないかも知れません。でも、この「がん」細胞の問題はただ増えるだけではなく、増え続け、だんだん正常の細胞を押しのけ、臓器、器官が正常の機能をはたせなくなってしまうことが問題になります。また、この「がん」細胞はいろいろな場所に入り込んでく特徴があります。時には、血管やリンパ管を通って、全身にどこにでも移動していくことがあります。皆さんも聞いたことがあると思いますが、「転移」とよばれる現象です。この現象がおこる前に「がん」と診断し、取り除いてしまえば、「がん」は怖くも何ともありません。言い換えれば、「がん」は早期に診断できれば助かるということになります。

 では、どのようにして「がん」と診断されるのでしょうか。病理科で行っている仕事はまさにこの「がん」の診断です。人体のいろいろな器官、臓器は細胞とその間を埋める間質とよばれる構造から構成されています。その割合は器官、臓器によって異なりますし、その形も多種多様です。この中に新たに発生する新生物「がん」をどのようにして見つけるのでしょうか。

 思い出していただきたいのは、皆さんも小学校や中学校の理科・生物学でツユクサの細胞を見たのではないかと思います。その時に使ったのは虫眼鏡でしたか、顕微鏡でしたか。あまり、記憶にないかもしれませんが、要するに細胞を見るために拡大しなければなりません。とても、苦労して、何だか良く判らないものを見せられたかと思います。スマホで写真を撮るときにズームアップしたことがあると思いますが。人の細胞を見るためには普通、顕微鏡を使って拡大して見ています。病理科で「がん」細胞をみつける技術は基本的にはこの顕微鏡で見るのと同じ方法です。肉眼では見ることのできない、器官・臓器を構成する組織・細胞を顕微鏡で拡大して見るわけです。なあーんだと思われるかもしれません。拡大するんだから、電子顕微鏡まで使えば「がん」なんて簡単に見つけられるし、診断もできるとおもわれるかもしれません。ところが、そう、簡単に問屋は卸してくれません。

 これから、その問題点をお話ししていきましょう。まず、がん細胞を含んでいる組織をどのようにして採ってくるのでしょうか。先ほども申し上げましたが、がんは早期に発見し取り除けば、怖くも何ともない病気です。でもどうやって肉眼ではわからないがん細胞を含む病変の組織を採取するのでしょうか。現在最も進んでいる技術は皆さんもご存知の内視鏡を用いて、組織を採取する方法です。消化管(食道、胃、十二指腸、大腸)、膀胱、子宮という臓器についてはこの方法でとても小さな早期の病変を採取することができます。当然、検査ですから、がんを含む組織をできるだけ小さく採取するのが理想的です。しかしながら、一歩誤ると、病変を外してしまう危険性があります。実際にはある程度の大きさの検体をそうしても採取する必要があります。次に、拡大すればなんでも判るのでしょうか。実は「がん」細胞と正常の細胞がもつ基本的な構造に違いはありません。電子顕微鏡で分子のレベルまで拡大してしまうと逆に区別がつかなくなってしまいます。これがあれば「がん」と言える構造物はありません。そこで、病理科でのがんの診断には、みなさんが小中学校の理科で使ったのと基本的には同じ光学顕微鏡で、組織の中に隠れている「がん」細胞を見つける方法がとられています。

 でも、細胞を顕微鏡で見るためには標本を作らなければなりません。ツユクサの細胞は顕微鏡のスライドドアの上に載せて、焦点を合わせればそのままでもみることができます。しかしながら、人を含めた動物の細胞を見るためには適当な標本を作り、色素で染めることによって初めて観察できるようになります。さて、この標本から、どのようにして正常の細胞と「がん」細胞を見分けるのでしょうか。基本的には細胞の形(つまり「見かけ」)を見て見分け診断していきます。これを、経験を積んだ病理科の技師、専門医が見て判定していきます。でもこの作業が難しいのです。正常の組織の中に存在する「がん」細胞をみつけるのは、駅前の雑踏の中で、多数の人の中から不審な人をみつけるのと同じで大変難しいのです。不審者は別に旗を立てプラカードを持ってくれるわけでは無いのと同じで、「がん」細胞も決して、特別な形をしている訳ではありません。よく、「人はみかけによらない」と言いますが、「がん」細胞も見かけによらないことが多々あります。実際の病理診断では、「がん」細胞のもついろいろな特徴を、総合的にみて「がん」細胞を判定していきます。時として、専門医の間で同じ標本を見ても、「がん」かどうかの意見が分かれることがあります。これは一方が正しく、他方が間違っているという単純なものではありません。

 とても、これまでの話で「がん」をどのようにして見つけるのかを説明できたと思いません。ただ、皆さんに覚えていていただきたいことは「がん」の診断は難しく、時間がかかるという点です。ですから、早目早目の検査がとても大切だということです。