読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

消化器内科 科長 窪田裕幸

ヒトは生まれる前の母親の胎内にいるときは無菌状態ですが、いったんこの世に生まれると、環境中や母乳などから、皮膚や消化管など外界と接する部分にただちに微生物の定着が始まります。微生物にはウイルス、細菌、真菌、原虫等の種類がありますが、このうち圧倒的多数を占めるのが細菌です。これらを常在(じょうざい)細菌(さいきん)叢(そう)(叢=草むらの意)といいます。

この常在細菌の種類や数はヒトにより、またからだの場所によって異なり、また同じヒトでも時間的な変化が認められます。腸管における大腸菌や口腔内のレンサ球菌、皮膚の表皮ブドウ球菌など、ほとんどすべてのヒトに必ず存在するものもあれば、必ずしもすべてのヒトから分離されるとは限らない細菌も存在します。

これらの常在細菌は通常はヒトに対しては無害で、むしろ共存状態にあり、他の病原菌の侵入を防ぐなどの利益を与えています。その一方で宿主の抵抗力が落ちたときには病原性を発揮し、宿主であるヒトに対し不利益をもたらすこともあります(日和見(ひよりみ)感染(かんせん))。

ヒトにおいて最も多くの常在細菌が生息している場所が消化管です。消化管の中でも小腸と大腸に殆どの細菌が存在しており、特に大腸には小腸の100倍もの常在細菌が生息しており、その数は約100兆個にも及ぶとされ、重さにすると約1.5kgあります。またその種類も1000種にも及ぶとされ、腸に生息する菌の代表のように考えられていた大腸菌も腸内細菌全体の1%未満しかなく、実に多種多様な細菌が腸管に存在しており、あたかも細菌の群れが腸の表面を覆うように存在している姿から、この腸内細菌叢を「腸内フローラ」とも呼ばれているのを御存じの方も多いかと思います。

本来、細菌などの微生物はヒトにとっては異物であり、それらが体内に侵入してくると免疫反応によりそれを排除する力が働きますが、どうして腸管には多数の細菌が住むことができるのでしょうか?

実は、腸の表面の上皮細胞と腸内細菌は直接触れ合っているのではなく、その間には上皮バリアという層が存在しており、腸内細菌が簡単には侵入してこられない構造になっています。大腸の場合は上皮細胞の表層に粘液による層が形成されており、腸管上皮は無菌状態に保たれています。一方、小腸には粘液は少なく、その代わり抗菌タンパクが多数分泌され腸内細菌の接着や侵入を防いでいます。

但し、上皮バリアだけでは細菌の侵入を防ぐのには不十分で、腸の粘膜の下にリンパ球を代表とする免疫細胞が多数存在し、外敵の侵入をブロックする働きをしています。リンパ球は免疫の中心の役割を担っており、ヒトの全リンパ球の約60%が腸管に存在しています。リンパ球には免疫を活性化するヘルパーT細胞、免疫を抑制する制御性T細胞などがあり、無害な食物や腸内細菌に対しては不必要に免疫応答しないよう制御されています。

また腸内細菌自体がリンパ球等に働きかけ、免疫を活性化したり抑制したりする機能を持ち合わせています。免疫細胞と腸内細菌が互いに連携をとりながら、外敵から身を守るシステムを「腸管免疫」と呼びます。

もし何らかの原因により、腸内細菌叢(腸内フローラ)に異常を来すと、腸内細菌数の減少や、少ないはずの菌種が異常に増加することにより、腸管免疫のバランスが崩れます。すると健常時では起こらない異常な免疫反応が起こることにより様々な病気が発症します。それは炎症性腸疾患、腸炎、大腸癌など腸の病気だけではありません。近年、肥満、糖尿病、リウマチ、喘息、動脈硬化、多発性硬化症、自閉症など腸以外の病気と腸内細菌との関連が報告されています。

このように、腸内細菌は腸だけではなくヒトのからだ全体に大きな影響を及ぼしており、腸内細菌がヒトのからだを支配しているといっても過言ではありません。