読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

麻酔科 科長 森脇 五六

「手術後の痛みが心配です」

手術の麻酔の説明をするときに、良く患者様からお聞きする言葉です。たしかに術後の痛みは大変つらい場合も多く、私たち麻酔科医は鎮痛薬の注射や内服、局所麻酔薬による神経ブロック等を用いて、術後痛のコントロールのために様々な努力をしています。
ただ、もう一つ患者様を苦しめる症状があります。それは、術後の悪心・嘔吐です。手術後に強い吐き気やむかつきを繰り返して、時に胃内容物を排出してしまう症状です。ひどい場合は24時間以上この症状が続き、患者様が疲れ果ててしまう姿を目にすることもあります。「痛みよりも耐えられない。」と訴えられる患者様もいます。また、このために食事の摂取開始が遅れたり、手術の傷が開いたり、出血が起こったりと様々な合併症も起こっています。
原因としては、患者様の体質や麻酔薬、手術侵襲等の様々な影響が考えられますが、はっきりと解明はされてはいません。また、わが国では欧米で使用できる制吐剤の予防的投与の保険適応が認められていないため、術前からその発生の危険性をチェックして、早期から十分に効果的な対応をとることが、重要になってきます。
そこで、術後の悪心・嘔吐の原因となる可能性の高い因子について説明させていただきます。

1 性別      女性に術後の悪心・嘔吐の発生率が高いことが知られており、女性の約5
         割、男性では3割程度に発生する、という報告もあります。
2 年齢     見解が分かれていますが、小児期(15歳以下)に術後の悪心・嘔吐の発生率
         が高い、という報告があります。

3 乗り物酔い  乗り物酔いの経験のある患者様は、術後の悪心・嘔吐の発生率が高い、とい
         う報告があります。

4 喫煙歴    非喫煙者は喫煙者に比べて術後の悪心・嘔吐の発生率が高い、という報告が
         あります。喫煙の数少ない利点かもしれませんね。

5 手術時間   手術時間が長ければ長いほど、術後の悪心・嘔吐の発生率は増加します。特
         に小児では30分以上で危険性が高まる、という報告があります。

6 手術術式   腹腔鏡手術や婦人科手術で術後の悪心・嘔吐の発生率が高い、という報告が
         あります。腹腔鏡手術では、特に胆のう摘出術で高頻度に術後の悪心・嘔吐
         が発生する、と報告されています。また小児では、斜視手術や扁桃摘出術で
         術後の悪心・嘔吐の危険性が高い、と報告されています。

7 その他    片頭痛の既往のある患者様や術前不安の強い患者様に、術後の悪心・嘔吐の
         危険性が高い、と報告されています。

 

これらの因子が高い場合、私たちがどのような対策をとっているか、ご存知でしょうか。

一つ目は、全身麻酔薬の選択です。麻酔薬には肺から吸収する吸入麻酔薬と静脈内に投与する静脈麻酔薬があります。それぞれ利点、欠点があって使い分けていますが、吸入麻酔薬がより悪心・嘔吐を発生させる危険が高いことが報告されています。そこで術後の悪心・嘔吐の危険性が高い患者様には、可能な限り吸入麻酔薬の使用を控えています。

二つ目は、鎮痛法の選択です。術後痛を抑えるために様々な薬剤や区域麻酔を使用しますが、麻薬の使用が悪心・嘔吐を発生させる危険が高いことが報告されています。そこで他の鎮痛法の割合を高めて、できるだけ麻薬の使用を控えるようにしています。

三つ目は、制吐剤の積極的な使用です。術後に悪心・嘔吐が発生した場合は、できるだけ複数の、また安全域の中で最大量の制吐剤を使用してそのコントロールに努めます。悪心・嘔吐のコントロールが悪いと症状が繰り返す、と報告があるからです。

このように術後の合併症を減らして、患者様にはできるだけ快適な術後を過ごしていただきたい、と考えております。私たちのチェックや対策の至らない点や不明な点がありましたら、遠慮なくご相談ください。