読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

呼吸器内科 藤田 総文

 皆さん、こんな経験はありませんか。昨日の夜から喉が痛く咳が出てきた。しかもなんだか体が少しだるくて熱を測ると37.5℃の軽い発熱があった。朝になって近所の診療所に行くと医師からは「風邪ですね、解熱剤と咳止めを出しておきます」と。そして次に皆さん、こんなことを言っていませんか。「抗生物質は要らないのですか」あるいは「念のため抗生剤を飲みたいのですが」。なるほど、患者さんとしては早く治したいですし、風邪をこじらせて肺炎になってしまうのではないかと心配になるでしょう。ですがこれらを内服することは本当に有益なのでしょうか。今回はそんなお話です。一緒に考えていきましょう。

 まず、風邪というのは医学的には急性上気道炎と呼ばれており、原因はライノウイルス、コロナウイルスといったウイルスです。これらのウイルスが喉に付着することで感染し、発熱、鼻水、咳などが出現します。そして抗生剤ですが、抗生剤には当然ながら抗生物質が含まれておりこれが薬効成分です。抗生物質は微生物(例えばカビ)によって作られ、ほかの微生物などの機能を阻害する物質です。同様の効果を持つ物質を現在は科学的に合成できますが、これらは厳密には抗生物質とは言いません。薬効に注目した場合、製薬の方法はどうでもいいので今後は抗菌薬という言い方をします。抗菌薬はペニシリン系、セフェム系、ニューキノロン系、アミノグリコシド系などというようにいくつかの系統に分かれております。各系統の中にもさらに細かい分類を持つものもあり、各々によって殺すことのできる細菌が違ってくることもあります。これらを適切に選択することが医師の仕事となります。・・・あれあれ。ちょっとおかしくないですか。風邪はウイルスによって引き起こされるものでしたよね。でも抗菌薬は細菌を殺すためのものということです。となると、得られる結論は「抗菌薬は風邪には効かない」ということになってしまいました。

 残念。しかし、ちょっと待ってください。よく、風邪をこじらせたら肺炎になって大変だというではないですか。だったら抗菌薬を飲むことで肺炎を予防することはできるのではないでしょうか。肺炎というと種類は様々ですが感染症としての肺炎は特殊な事情がない限りほとんどが細菌によって引き起こされます。となるとこれは期待できると思いませんか。これに関しては実際に上気道炎に抗生剤を処方した研究を見てみることにしましょう。参考にするのは2007年にイギリスで行われた研究です。この研究では16歳から64歳の方々が急性上気道炎を発症し、その後に肺炎を起こした頻度を観察しています。皆さん、どのくらいだと思いますか。この研究によるとその頻度は1万人当たり6.73人でした。となると・・・急性上気道炎後に肺炎を起こす確率はたったの0.067%ということになります。しかも、肺炎の初期段階で見逃された場合もありますから全てが上気道炎に二次的に起こった肺炎というわけではなさそうです。つまり、実際はもっと確率は低くなる可能性があります。また、この研究では肺炎などの重篤な感染症を予防するには急性上気道炎、中耳炎、咽頭炎の患者さん4000人以上に抗菌薬を処方しなくてはなりませんでした。

 なるほど、抗菌薬の効果を発揮できる症例は大変少ないということですね。しかし、逆に考えれば4000人に1人であっても効果を期待できるならば、お金は掛かっても積極的に処方していくべきだとも考えられます。となれば気になるのは副作用です。副作用が少なければ薬効が出にくくても安全性に問題はないということになります。ここでは代表的な副作用としてアレルギー反応を考えましょう。代表的な抗菌薬であるペニシリン系抗菌薬によるアレルギー反応ですが、軽症と考えられる皮疹は1-7%程度と言われます。重症なアレルギーの頻度は0.005%から0.05%と言われております。一人ひとりにとっては低い確率かもしれませんが、先ほどのように何千人というレベルでは無視できる確率ではありません。ほかにも副作用は枚挙に暇がありません。

 そして、最も問題になるのは耐性菌の出現です。抗菌薬を使えば使うほど細菌もそれに応じた変化をしてきます。昔は抗菌薬がよく効いた菌が今では多剤に耐性を持ち治療に苦慮するということが世界的に起こっています。専門家は抗菌薬の使用回数は有限であると言っております。製薬会社による新たな抗菌薬の開発も年々種類が減っている傾向にあります。我々の世代が抗菌薬を乱用することは次の世代にも大きな影響を残すことになります。

 このように風邪の時に抗菌薬を内服するのはあまりよいことではないことが分かりました。しかし、風邪と似たように見えても抗菌薬が必要な場合もあります。安易な判断はせずに各医師にしっかりと相談するようにしましょう。