読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

漢方外来 尾崎正時

 日本漢方では腹診(おなかの診察)を重視する。おなかのあちこちをさわって、さわったときの反応の組み合わせで、処方を決めていく。一つの所見が一つの処方に対応することもあり、覚えておくと便利である。無論、外れることもあるし、所見がなくても同じ処方でいいこともあるが、典型的な所見があった場合には、かなりの確率でその処方が奏功する。

 日本では江戸時代に腹診が発達し、現代に受け継がれている。もちろん中国にもかつてはあったのだが、長い間に捨て去られ、現代中医学にはほとんど残っていない。腹診所見に胸脇苦満(きょうきょうくまん)というものがある。両側の肋骨弓の下を押すと、圧痛と抵抗を認めるものである(図1)。胸脇苦満は気管支炎、肺炎、胸膜炎、肝炎など横隔膜周囲の臓器の炎症や種々の精神疾患ででやすいとされ、柴胡(さいこ)という生薬の入った漢方薬すなわち柴胡剤の使用を考慮する所見とされる。現在では柴胡剤は感染症に使用されることは少なく、精神疾患、ストレス性疾患に使用されることが多い。抵抗・圧痛が強ければ大柴胡湯(だいさいことう)、弱ければ柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)、中くらいなら小柴胡湯(しょうさいことう)という具合に使い分けていく。
 胸脇苦満は、ある程度その人の体力、ストレスと相関している。最近、胸脇苦満があると背中の筋肉にも圧痛としこりが出現するといわれはじめた。どこの筋肉かというと棘下筋(きょくかきん)である。棘下筋とは肩甲骨に付いている筋肉であり、肩甲骨の隆起(肩甲棘(けんこうきょく))の足側に広がっている(図2)。その一部に圧痛としこりが出現するのである。圧痛は棘下筋の中央のやや外側に出ることが多く、普通は10円玉程度の大きさである。しこりは全体が均等に硬くなるのではなく、一部がスジ状に硬くなっていて指を動かすとよりはっきりわかる。治療は漢方的には柴胡剤を飲んでいただくことになるが、鍼も有効とされている。針が有効ということは、試したことはないがマッサージもよいのかもしれない。もし効いたなら教えてください。

 経験的には胸脇苦満があれば、ほぼ100%棘下筋の圧痛がある。胸脇苦満がなくてもストレスの多そうなひとには棘下筋の圧痛があることが多い。また漢方薬が効いて胸脇苦満がなくなっても棘下筋の圧痛が残ることが多い。どうも胸脇苦満よりも感度が高いようなのである。胸脇苦満は横隔膜や内臓、腹壁の広い範囲の異常をおなか側からさわって判断しているものとされている。なので、身体の奥、例えば背中側の横隔膜の状態はわかりにくいのかもしれない。それに対して棘下筋は筋肉全体を背中側から直接触れるので、もし胸脇苦満がすべて棘下筋に反映されているなら、棘下筋のほうが感度が高くても不思議はない。ちなみに横隔膜を動かす神経と棘下筋を動かす神経は頸髄の同じ部分からでているのだそうで、密接な関係があるらしい。

 さて、炎症があると胸脇苦満がでるというのは理解できるが、ストレスでも胸脇苦満や棘下筋の圧痛がでるのはなぜだろう。生き餌で釣りをすると、餌の魚は丸呑みにされる以外に、餌取りに首のあたりを囓られたり内臓を食われることがよくある。魚にとって首とおなかは急所なのだ。われわれの御先祖である海中にいた初期の脊椎動物は捕食者に襲われたとき、きっと首のあたりやおなかの筋肉を硬くして身を守ったのであろう。捕食者がいなくなると、ほっとして筋肉はゆるむ。つっぱたままだと筋肉痛になってしまう。この防御方法は有効であったので、その後の脊椎動物にも受け継がれた。現代社会は捕食者こそいないが、日々ストレスの連続であり、筋肉はつっぱったままになりやすい。つっぱりが続いて痛みが出現すると痛み自体がストレスとなり、さらに筋肉がつっぱり最終的に痛みが固定する。これが胸脇苦満、棘下筋の圧痛なのではないかと考えている。

 気になるあなた、だれかに棘下筋を押してもらってください。もし圧痛があれば、あなたはストレス過剰です。

 

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