読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

外科 科長 木内亮太

[はじめに]
2024年4月から静岡市立清水病院 外科に勤務しております木内と申します。よろしくお願いします。
「脂肪肝」という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。脂肪肝は肝細胞に中性脂肪が蓄積された状態のことで、近年では「脂肪性肝疾患」と呼びます。以前は脂肪性肝疾患の主な原因はアルコール過量摂取(男性では30g/日以上、女性では20g/日以上)と思われていました。ちなみにビール 500mlに含まれるアルコールは20gです。しかし、アルコール過量摂取がない(男性30g/日未満、女性20g/日未満)が、脂肪性肝疾患になる患者が増え、「非アルコール性脂肪性肝疾患、英語ではnon-alcoholic fatty liver disease (NAFLD)」と名付けられました。近年では、糖尿病や高脂血症といった内臓肥満に伴う脂肪性肝疾患も増えており、脂肪性肝疾患患者が増加傾向にあります。

[MASLDとは…]
NAFLDの研究が進むにつれて、NAFLDの発生や進行にメタボリック症候群に代表される代謝異常を伴うことが多いことが分かってきました。そして、2023年に世界各国の肝臓専門医が議論し、NAFLDはmetabolic dysfunction associated steatotic liver disease (MASLD)に変更されました。MASLDの定義は、アルコール摂取量男性30g/日、女性20g/日未満で、肥満・血糖・血圧・中性脂肪・HDLコレステロール値の基準を満たす患者さんです。
 本邦におけるMASLD患者は2200万人以上いると推定され、近年の肥満や糖尿病、脂質異常症の増加により今後さらにMASLDの有病率が増加することが推定されています。MASLDは肝臓の線維化を来し、肝臓が硬くなっていき、肝硬変や肝がんに進展することが分かっています。また、MASLDは脳心血管疾患の発症を約2.29倍増加させることが報告されています。更には、肝がん以外の臓器のがん(子宮体がん、乳がん、前立腺がん、大腸がん、肺がん)の発生率が上昇するとも報告されています。これらのことから早期にMASLDと診断することで、脳心血管疾患の予防や肝がん以外のがんの早期発見が出来る可能性があります。

[奈良宣言 2023]
MASLDの診断には、画像的に脂肪性肝疾患であることを診断する必要があります。脂肪性肝疾患の画像診断としては、腹部超音波検査やMRI検査があります。また、MASLDの進行の具合である肝臓の硬さを検査する方法としては、超音波検査時に特別なプローベを用いる超音波エラストグラフィやMRI検査時に肝臓の硬さを測定するMRIエラストグラフィがあります。静岡市立清水病院ではどちらも施行可能ですが、すべての病院で施行出来るものではないです。
 そこで、健康診断や採血検査で一般的に測定する項目でスクリーニングを行い、「かかりつけ医」から「消化器科」への紹介を促す目的で2023年6月の第59回 日本肝臓学会総会で「奈良宣言 2023」が提唱されました(図1、QRコードから「奈良宣言 2023」特別サイトへのリンクがあります)。これは、肝細胞が破壊されるときに放出される酵素であるALT値が30より大きいことをひとつの目安として、「かかりつけ医」さらには「消化器内科専門医・肝臓専門医」への受診を勧めています。そして、肝臓以外も評価してもらうと良いと思います。

[MASLDの治療]
MASLDの治療法としては食事療法、運動療法、薬物療法があります。MASLDの原因として内臓肥満があり、その原因となる過栄養な食習慣や生活習慣を改善するために食事療法は重要です。病態にも依りますが、カロリー制限よりは適正なバランスで糖質、脂質、蛋白質を摂取することが大事です。運動療法は、肝炎情報センターが推奨する治療法で、食事療法と併せて行うことが重要とされています(図2、QRコードから特別サイトへのリンクがあります)。運動の種類は筋肉に抵抗をかける運動を繰り返し行うレジスタンス運動が肝脂肪化を改善し、筋力や筋肉量を効果的に改善する事が出来ると報告されています。薬物療法ですが、実は現在脂肪性肝疾患に対して保険適応のある薬剤はありません。ただ、MASLDに関連する代謝異常に対する薬剤がMASLDに対しても効果が期待されており、糖尿病や高脂血症などに対する治療を継続するのが良いと思われます。

[おわりに]
今回、新しい脂肪性肝疾患である「MASLD」と「奈良宣言 2023」について説明しました。ここ数年で「MASLD」という新しい疾患群が世界で定義され、日本では日本肝臓学会から「奈良宣言 2023」が発表され、脂肪性肝疾患が注目されています。この記事がきっかけで、以前の採血検査結果のALT値を見直していただき、かかりつけ医から専門医への橋渡しになれば幸いです。