読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

副病院長 神経内科 畑 隆志

「頭が痛い」。この言葉を口にされたことのない方はいないはずです。「頭痛」は「発熱(熱が出た)」・「腹痛(おなかが痛い)」とならんでみなさんが医者にかかったり、薬店で薬を買い求めたりするもっともありふれた原因の一つです。この「頭が痛い」という言葉には二通りの使い方があると思います。 ひとつは、本当の痛み、つまり「頭痛」という意味。もう一つは大変困ったときや、すごく心配な時などに、つまり「心が痛む」ときに「頭が痛い」と使っています。実はこのような表現は明治以降に初めて見られるようになったそうです。 夏目漱石は代表作の『それから』で、心の痛みを初めて(?)頭を用いて表現しています。江戸時代までは、このような心の痛みを「胸」や「腹」を使った言葉で表現していたようです。 明治以降、西洋の影響を受けて「精神(=脳)の痛み」という解釈から「頭」を用いた表現が生まれたのでしょうか。しかし厳密に言えば脳そのものは痛みを感じることはなく、脳の表面にある膜に痛みを感じる神経が分布しているだけですが・・・。

メソポタミア文明のバビロニア王朝時代に頭痛について書かれた詩(紀元前4000~3000年の作)が残されています。これが頭痛に関する人類が残した記録で最も古いものと考えられています。医学的記載で最古のものは、古代エジプトのパピルス・エーベルス(紀元前1200年頃)だそうで、片頭痛の症状とケシの実を治療に使用したことが記載されています。ギリシャ文明の時代になって医聖ヒポクラテス(紀元前460~377年)は片頭痛についても詳細な記述を残しております。視野の中にギザギザした光が現れてものが見えなくなる現象、つまり視覚性前兆(閃輝暗点)に引き続き拍動性の頭痛が起こり、嘔吐を伴って発作が一段落すると記しています。その後、アレタルウス(紀元前1世紀カッパドキアの医師)は頭痛発作中の様子を「患者は明るさを嫌う。暗がりがこの病を和らげる。健康時には気持ちのよかったものを見たり、聞いたりしても、耐えられないようになる。さらに患者は生きることに嫌気がさし、死んでしまいたいという。

と表現し、このような頭痛発作を「へテロクラニア」と呼んでいます。まさしく現代で言う片頭痛(「ヘミクラニア」)の発作に苦しむ患者さんの訴えそのものです。一方、わが国の医学書として最古の『医心方』(982年)、それに続く『頓医抄』(1302/04年)や『福田方(ふくでんほう)』(1363年)には「頭痛」あるいは「頭風」(ずふうと読む)という表現がみられるのみで、西欧人を悩ました片頭痛の症状に関する記載はありません。室町幕府の滅んだ翌年の1574年に曲直瀬道三(まなせどうさん)(初代、正盛)の著した『啓迪集(けいてきしゅう)』に初めて「偏頭痛」という用語が登場します。しかし平安貴族が遺した数多くの日記には頭痛(頭風)の記載は数多くみられますし、紫式部が著した源氏物語にも頭痛に関する記述が5か所もあると数えた先生もおられます。我々のご先祖様は片頭痛よりも緊張型頭痛に悩んでいたのでしょうか。現代でもわが国の片頭痛の有病率は欧米諸国に比してやや低いようです。

今年のNHK大河ドラマの主人公平清盛も1181年(治承五年)2月27日に「頭風」を病んだとあります(九条兼実の日記『玉葉』)。前にも述べたように「頭風」とは「頭痛」のことです。昔は頭痛をこのようにいいました。 その翌日になると「禅門(清盛)の頭風事ノ外増スアリ」というように、病状は治療にもかかわらず悪化しています。 そして1181年(養和元)閏(うるう)2月4日(発症6日目)に、清盛は四、五間以内に近寄ると暑くてたまらないというほどの高熱におかされ「あつち死ぞし給ひ」、64歳の波瀾の生涯を閉じました。この病態の解釈はいろいろありマラリア説、髄膜炎説などがあるようですが、神経内科医の小生としては、脳出血(脳幹出血)あるいはくも膜下出血による中枢性発熱であったと考えています。すなわち清盛が発症した頭痛は「危険な頭痛」であった可能性が高いようです。

頭痛の原因には脳腫瘍やくも膜下出血・脳出血などの血管障害、あるいは髄膜炎やウイルス性脳炎などの感染症など命にかかわるものも少なくありません。自己診断は禁物で、手足のまひや意識障害を伴えば勿論のこと、発熱や嘔吐(おうと)などの全身症状を伴う頭痛はぜひ受診しましょう。他に随伴する症候がなくても、いまだかって経験したことがない最悪(The first and the worst)の頭痛や、痛みがだんだん強くなるなど、いつもと様子が違う場合は、ただちに神経内科医や脳神経外科医に相談してみてください。是非とも病院に来ていただきたい危険な頭痛の特徴を、以下に整理しておきます。

①今までに経験したことがない頭痛
②突然に起こった頭痛
③バットで殴られたような強烈な頭痛
④ここ1か月の間にどんどんひどくなる頭痛
⑤いきんだり、頭をふるとひどくなる頭痛
⑥高熱を伴う頭痛
⑦神経機能や精神状態に変化のある頭痛 などです。

しかし実際に皆さんが経験なさる頭痛の多くは、MRIなど最新の診断機器を使った精密検査を受けても、どこにも異常が見つからない慢性的な頭痛と考えられます。これらを一次性頭痛と呼びます。この種の頭痛には「片頭痛」、「緊張型頭痛」、「群発頭痛」と呼ばれる3つの代表的な病型があることはご存知かもしれません。

わが国においては男女を問わず最も多い慢性頭痛が緊張型頭痛です。頭痛の原因の7~8割を占めます。 成人の22%、2200万人が悩んでいるといわれています。 やや中高年に多いようです。頭痛の頻度はさまざまで、月に数回程度から毎日起こることもあります。頭痛の起こり方は、いつとはなしに始まり、だらだらと持続するのが特徴です。後頭部から首筋にかけて痛むことが多く、圧迫感、緊迫感、頭重感と訴える方もおられます。具体的には「鉢巻きをしているような」、「帽子をかぶされているような」、「頭に重石を載せられているような」 などと表現なされることが多いようです。頭痛の持続もさまざまで、30分で改善することも7日間以上も続くこともあります。片頭痛を「夕立」や「雷雨」に例えるならば、緊張型頭痛は「梅雨空」のような頭痛といえます。原因はいまだ解明されてはいませんが、精神的なストレスと身体的なストレスの両方で起こると考えられています。従って、緊張型頭痛は筋肉や精神の緊張をうまく解消できない人に起こりやすいといえます。仕事などによる筋肉へのストレスにより、頸や頭の回りを取り巻く筋肉が収縮して凝り固まる結果、重圧感を生じます。この種の頭痛は、1日中コンピュータに向かう人に多くみられます。 また悪い姿勢も緊張型頭痛の重要な原因のひとつです。頸椎に異常があったり、頸椎の直線化や首の筋力が弱くなっても緊張型頭痛の原因となります。 また枕の高さにもご注意ください(高すぎるのはよくないとされています)。 一方精神的なストレス、不安、抑うつなどが長期間続くと、「精神的緊張」が高まります。すると神経や筋肉の緊張が高まり、痛みに敏感となり、頭痛が起こります。筋肉が緊張し頭痛が起こる機序は未解決ですが、血液循環が悪化して疲労物質がたまること、神経が過敏になることなどが考えられています。ともかく緊張を和らげることが重要ですので、お風呂で温めたり、姿勢をよくしてこまめに動き、1時間おきぐらいに首や肩のストレッチをすることが改善のコツといわれています。
次回は片頭痛と最近問題になっている薬物乱用性頭痛についてお知らせしたいと思います。

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