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患者さんのための機関誌「きよかぜ」

                         リハビリテーション科 科長 坂元隆一

 漢方とは、伝統的/補完的/統合的な医学・医療の1つであり、複数の生薬を組み合わせた多成分系である漢方薬を治療のツールとして使用する医療です。多種・微量の成分が一度に生体内に取り込まれ、それぞれが生体機構に影響を与えることにより、効果を発揮します。伝統的な漢方は長期間にわたる観察と試行錯誤から導き出された理論の上に成り立っているものですが、臨床の現場では歴史上、経験上「有用である」ものが生き残ってきた医療といえます。

【女性によくある症状と頻用処方】
 女性によくある症状として、「血の道症(ちのみちしょう)」と総称される月経不順、月経困難、更年期障害などが挙げられます。これらの症状に対し、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、加味逍遙散(かみしょうようさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)の3つが頻用処方です。処方の選択では、苛立ちなどの精神症状に対しては、加味逍遙散を、そしてそのほかにも抑肝散(よくかんさん)などを用い、冷えを感じやすい(冷え症)場合は、当帰芍薬散、加味逍遙散を用い、のぼせ(ホットフラッシュ、冷えのぼせ)には、加味逍遙散、桂枝茯苓丸を用います。ほかに、女神散(にょしんさん)、温経湯(うんけいとう)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)(便秘にも有効)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)(免疫力を上げてcovid-19にも有用)などが臨床現場で多く用いられています。
 女性特有の症状といっても、小児期、思春期、性成熟期、更年期、老年期と、女性のライフステージの場面ごとに、ホルモンの変化などにより、さまざまな特徴的疾患や不調が生じます。漢方の基になった古代中国医学では、女性の一生を「7歳ごとに変化する」と捉えますが、この考え方は現代にも通じ、古来より用いられてきた漢方処方が現代女性の不調や愁訴(しゅうそ)にそのまま通用することが可能と推測されます。漢方薬は、原因や発症のメカニズムがわからない「愁訴」への対応に適しています。例えば「頭が痛い」「食欲がない」「むくみ」「イライラする」などの症状は、各種検査を受けても特に異常が認められない場合が多く、治療の対象に該当しないこともあります。漢方薬は体質や症状に応じて処方を選択するメソッド(手段)を有するため、それら「愁訴」の改善に適しています。また、愁訴は複数で生じている場合が多いのですが、漢方薬は1つの方剤(複数の構成生薬を含む)で対応可能な場合も少なくありません。また、冷え症やさまざまな不定愁訴のように、西洋医学では疾患として捉えにくい不調や症状に対し、漢方薬による治療が効果的な場合も多いのも事実です。

<女性によくある症状に対する3つの頻用処方>
【当帰芍薬散】
 全体に体力がなく、血の気が薄い感じの人で、冷えやすい、生理が重い(痛みが強い)など諸症状に用いられます。本処方の伝統的な考え方は、血の不足、血の滞り、水の滞りがあって内臓の働きが不十分のため、冷えの蓄積、とくに血に関連する不調で婦人科疾患系の不調が生じる場合に使用します。基本は血を補う四物湯(しもつとう)と、滞った水をさばく四苓湯(しれいとう)を合わせたものであり、血と水の双方の不調を取り除きます。作用機序(さようきじょ)(効果を発揮するメカニズム)については、「血の巡り」を改善する視点から、血流に対する作用が検討されています。検討の結果では、健常人の目の血流量の有意な改善が得られ、同時に動脈圧の経時的増加も測定されており、血流増加作用が示されています。当帰芍薬散の効果は、後ろ向き研究にて、当帰芍薬散投与群はホルモン補充療法群と比較して頭痛、うつについて有意な症状の軽減を認め、自律神経失調、不安、不眠の症状も同程度の割合で軽減する成績が得られています。
【加味逍遙散】
 比較的体力がなく、精神症状が目立つ人で、冷えやすい、生理が重い、不快な症状が多く、一定せずに現れる(不定愁訴)、細かいことが気になる(精神症状)などの諸症に用いられます。とくに不定愁訴が多い、症状の変化や細かいことが気になる、などの精神症状が適応の特徴です。本処方の伝統的な考え方は、体内の冷えで血の巡りが不十分であり、さらに気の滞りや気の逆上に伴う精神症状に使用します。栄養状態が不良で元気がなく、疲れやすい状態を伴う例が多いです。他の冷えを伴う月経関連の症状に使用する処方と比べ、不安や抑うつ的気分が強く、苛立ちがあって細かいことが気になることが特徴であり、気の逆上や滞りを除去し、気分を晴れ晴れとさせる生薬が配合されています。筆者は、証(しょう)が合えば、男性にも使用しております。
【桂枝茯苓丸】
 比較的体力がある人の「血の滞り」を目標に使用する薬で、ほてりやすい、生理が重い、吹き出物など肌荒れがある、赤ら顔になりやすい、むくむ場合もあるときに使用します。下腹部に熱がたまり、身体のあちこちに血が滞ってうまく巡らず、気の逆上が起きがちな(ただし精神症状はそれほど強くない)人に用います。作用機序については、モルモットのコラーゲン誘発血小板凝集に対する効果が検討されており、コラーゲン添加で用量依存的に生じた血小板凝集が、桂枝茯苓丸によって用量依存的に抑制されました。また桂枝茯苓丸は、静脈瘤治療で受診した患者の不定愁訴に対し、抑うつ感、しびれ、冷え、痛み、かゆみのすべてが低下し、とくに抑うつ感、しびれの軽減が大きく、男性と比べて女性で効果が顕著であったという報告があります。

 漢方薬は多成分系であり、複雑な作用機序を有すると考えられますが、近年の研究により「漢方理論に基づく漢方薬の運用」を説明し得る作用機序の解明も進んでいます。女性によくある症状については、症状が多様で診断がつかないこともありますが、そうした症状に対しても漢方処方が有用であることが証明されつつあることは、先人達の偉大さを感ぜざるを得ません。