読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

小児科 科長 西田 光宏

赤ちゃんの健診をしていると、時々「いつ頃になったら赤ちゃんは目が見えるようになるんですか?」と質問されることがあります。答えは「生まれた直後からそれなりには見えています」です。昔は、生まれたばかりの赤ちゃんは眼が見えず耳も聞こえないと思われていました。しかしその後、赤ちゃんには豊かな学習能力や認識能力が備わっていることがわかってきました。生まれたばかりの赤ちゃんにはその能力を表現する方法が少ないために、なかなか気づかれなかったのです。

【視覚】

赤ちゃんに同じものを見せ続けると、見つめる時間が減少します。飽きてしまうのです。この時に新しいものを見せると、注視時間が増加することがあります。つまり、新しい見たことのない物だと認識できているのです。こうして、赤ちゃんは最初に見たものと新しく見たものを識別出来ているとわかります。
新生児はまだピントをうまく合わせられず、顔の前25~30cmあたりが一番良く見えます(抱っこでちょうど大人の顔がくるあたり)。加えて、まだぼんやりとした見えないようです。それでもいろいろ見せてみると、とりわけ顔を好んで見つめる傾向があることがわかりました。生後5日以内で既にこのような結果が得られます。
また、実のお母さんとお母さんに似た女性に顔だけが見えるようにして赤ちゃん前に並んでもらうと、生後数日の赤ちゃんでも母親の顔を好んで見ることが知られています。母親の顔を見た時間が11時間から12時間を越えるとお母さん顔を好むようになるようです。

生き物の中でほほ笑むのは人間だけですが、その笑みが人に向かってなされるようになるのは生後2か月頃からです。当初はまだ人形やお面の顔にもほほ笑みますが、生後半年頃からは赤ちゃんが喜んでほほ笑むのは唯一、生きた人間だけになります(特に笑いながら声をかけられた時)。

【聴覚】

妊娠4か月頃には胎児は音刺激に反応し、聴力があるとされています。生後1日の赤ちゃんでも、男性より女性の声に、とりわけ母親の声により反応することも知られています。

こんな実験もあります。装置を仕込んだおしゃぶりを使って、吸うスピードによっては自分の母親の声が聞こえ、他のスピードでは知らない女性の声が聞こえるようにしたところ、生後2~3日の赤ちゃんで既に、自分の母親の声が聞こえるスピードでよりおしゃぶりを吸う傾向がみらたそうです。
赤ちゃんに話しかける時、大人は自然と独特の話し方をしています。これをマザリースといいますが、その声を分析すると、基本は高い声を中心とし、抑揚の大きな話し方であるとわかりました。これは日本だけではなく、海外でも同じです。

生後4か月の赤ちゃんを対象に、左右のスピーカーのどちらかからマザリース、反対から大人向けの話し方をランダムに聞かせると、マザリースの方により顔を向けることがわかりました。大人は赤ちゃんの注意をひく話し方が自然とできるのです。

全体的な傾向として、赤ちゃんは大人に比べると視覚刺激よりも聴覚刺激により良く反応することが知られています。赤ちゃんは「聞く」ことを優先しているようです。たくさん話しかけてあげましょう。

【味覚・嗅覚・触覚】

新生児は甘み・塩味・酸味・苦味によって表情を変化させますが、すでに胎児のときから甘みを好む傾向があることが知られています。

また、生後1ヶ月の赤ちゃんに普通のおしゃぶりと、表面がデコボコしたおしゃぶりのどちらかを見せないままにくわえさせ、その後に両方のおしゃぶりを見せると、多くの赤ちゃんは自分がくわえていた方のおしゃぶり見つめます。赤ちゃんは口で得た感覚と見て得た情報を結び合わせることができるようです。
新生児はにおいもわかります。甘い香りのする方には顔を向け、心拍数や呼吸数も落ち着きますが、いやな臭いに対しては顔をそむけ、心拍数や呼吸数が上がります。他の母親の母乳を含ませたガーゼと自分の母親の母乳を含ませたガーゼを新生児の顔の左右に置くと、自分の母親の母乳を含んだガーゼの方に好んで顔を向けることも知られています。

【学習】

生後数時間の時点で、ある音が鳴った時に右を向けば甘い液体を吸うことができ、違う音が鳴った時は左を向けば甘い液体を吸うことができる装置を用意すると、新生児はたった数回で間違いなく行動するようになりました。途中でそのパターンを逆にしても、新生児は難なくマスターできたそうです。

【模倣】

新生児模倣という大変興味深い現象もあります。図のように、赤ちゃんの顔の前でいろんな顔をすると、生後まもない時期でも赤ちゃんがまねをするというものです。
当初は刺激(大人の顔の動きや表情)に反射的に反応したにすぎないと考えられていましたが、調べてみると、例えば大人がアッカンベーをした時に、新生児はしばらく見つめてから模倣を行うことが明らかになりました。これにより、新生児模倣は反射的・受け身的な反応ではなく、他者を観察してから自発的にその行動を再生したものであると考えられるようになりました。なお、同じ現象がチンパンジーの赤ちゃんでもみられることがわかっています。

他にも面白い現象はいろいろありますが、共通しているのは「赤ちゃんは思ったよりもわかっている」ということです。改めて赤ちゃんと向き合いながら、いろいろコミュニケーションを楽しんでみてはいかがでしょうか。