読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

放射線治療科・漢方外来 尾崎正時

放射線治療は侵襲の少ない治療ですが、照射中に不調を来すことがあります。照射後に嘔気、倦怠感、眠気がでる人がいるのです。宿酔(二日酔い)に似ているので放射線宿酔といいます。通常初回に強く、だんだんなれてきて、翌週には症状は消失しますが、消失しないひともいます。嘔気はまれで、倦怠感、眠気が多いです。男性ではまずいません。ほとんどは女性です。それも高齢ではなく、本来高齢者より元気なはずの30-50代の女性に多いのです。

漢方的には気血両虚です。虚とは少ないという意味です。人体の材料(=血)もそれを使うエネルギー・機能(=気)も両方少ない状態です。女性は月経・分娩で気血を失っているから気血両虚になりやすいと説明され、十全大補湯などの気血双補の方剤の適応ということになっていて、実際使うと症状は軽減します。では、気虚、血虚とはなんでしょう。教科書的には、気虚は倦怠感、動悸、息切れ、易感冒、多汗自汗、冷え、食欲不振、下痢、胃もたれ、胃下垂、手汗、立ちくらみ、鼻血、皮下出血などの症状を呈するとされ、血虚は、多夢、健忘、不安、痙攣、脱毛、爪割れ、肌荒れ、眼精疲労、知覚異常、淡白舌などを呈するとされます。

 

月経や分娩で失われるものとは何でしょう。蛋白と鉄です。栄養療法では蛋白不足は、肌荒れ、肌の張り・厚みがない、肌のくすみ、シミ、皮下出血、脱毛、傷が治りにくい、爪割れ、むくみ、慢性炎症、細菌感染、易感冒、自己免疫疾患、甲状腺疾患、月経不順、不妊、胃腸虚弱、易骨折などをきたすとされ、鉄欠乏は、易疲労、起床困難、息切れ、めまい、立ちくらみ、冷え性、イライラ、ムズムズ足、喉のつまり、爪の菲薄化・変形、皮下出血、顔色不良、生理前不調、生理痛、異食症などをきたすとされます。蛋白不足=血虚、鉄不足=気虚とはかならずしもなりませんが、気血両虚≒鉄・蛋白不足と考えていいでしょう。古代人は鉄も蛋白も知らなかったので、足りないものの陽的側面(機能、エネルギーなど)を気とよび、陰的側面(物質的要素)を血と呼んだのです。

 

漢方薬を用いた治療は湯液治療といわれ、湯すなわちスープに薬草を加えたものから始まりました。この湯(スープ)には薬効成分以外にも蛋白その他の栄養が、相当含まれていたはずです。時代がさがると薬草が強調されて、栄養が軽視されるようになっていきましたが、中医学では今でも鶏卵や食肉を使用します。中国では、四足ではテーブルと椅子、空飛ぶものは飛行機以外なんでも食べるといわれるくらい動物食が盛んです。とんでもない病気をもらうこともありますが、動物性蛋白は比較的足りているようです。また欧米でも鉄蛋白不足は少ないそうです。日本の3倍肉を食べるのと食品に鉄が添加されているためです。ちなみに中国では醤油に鉄を添加しているそうです。

 

低蛋白と放射線宿酔にはどういう関係があるのでしょう。放射線宿酔はフリーラジカル≒活性酸素が原因だといわれています。体内では活性酸素は日常的に発生していますが、正常細胞では抗酸化酵素が働いて活性酸素を処理するので大事には至りません。酵素は蛋白質です。蛋白不足のひとは抗酸化酵素が少なくて、活性酸素が処理できないらしいのです。照射開始後1週間くらいたつと新たに酵素ができてきて症状はおさまります。また放射線によるDNA損傷も、正常細胞では修復酵素がはたらいて速やかに修復されますが、低蛋白だと修復酵素が足らないため放射線障害がでやすくなります。

 

アルブミン(ALB)4.2g/dL以下、尿素窒素(UN)14mg/dL以下(腎機能正常の場合)を低蛋白としています。数値は点滴をすると下がり、脱水で上がるので注意が必要です。また鉄の評価ではヘモグロビンが有名ですが、より感度がいいのがフェリチンです。50ng/mL以下(女)、100ng/mL以下(男)は鉄不足です。

 

また子供も鉄・蛋白不足になりやすいです。成長に鉄と蛋白がたくさん使われるためです。反抗期、起床困難、立ちくらみなどは鉄・蛋白不足です。また子供の鉄・蛋白不足は胎内にいるときから始まっていることが多く、母親が鉄・蛋白不足だと胎児も鉄・蛋白不足になります。また母体より胎児が優先されるので、母親は分娩毎にさらに鉄・蛋白不足になっていきます。

 

ではどうしたらいいのでしょう。足りないものは補うのが原則です。しかし低蛋白のひとが、いきなり高蛋白食をとってもあまりうまく行きません。蛋白をアミノ酸に分解する消化酵素が少ないためです。ホエイプロテイン、アミノ酸がいいようです。鉄不足には鉄剤を使用しますが、これも低蛋白のひとは苦手です。アミノ酸キレート鉄が胃に優しく吸収もいいのですが、これも飲めない人は飲めません。こうならないように常日頃十分に蛋白、鉄をとってほしいと思います。