読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

外科 科長 平山 一久

 平成30年4月より清水病院 外科に勤務している平山一久と申します。皆さん、よろしくお願いいたします。大腸・肛門疾患の外科的治療を専門としています。医師として28年目を迎えますが、この地域での勤務は初めてで、毎朝、雄大な富士山を見て清々しい気持ちで通勤させていただいています。
 
  今回、「サルコペニア」というものについてお話させていただきます。この言葉を初めて耳にされる方も多いと思いますが、高齢化社会を迎えている日本において、現在、非常に注目されていることです。

 「サルコペニア」とは、加齢や病気による筋肉量が減少することです。筋肉量が減少するだけでなく、握力等の筋力も低下し、歩くスピードが遅くなる・杖や手すりが必要になるなど、身体機能も低下します。例えば、握力が男性で26kg未満、女性で18kg未満の方や、歩くスピードが遅く、横断歩道を信号が青の間に渡りきることができない方は「サルコペニア」の可能性があります。

 通常、人間は50歳を過ぎた頃より筋肉量が徐々に低下します。さらに、癌や糖尿病・閉塞性肺疾患といった内臓疾患、運動不足、栄養不足は筋肉量・筋力の低下をさらに助長します。過度な筋肉量・筋力の低下である「サルコペニア」は、65歳以上の6~12%の方が該当すると言われています。そして「サルコペニア」の患者さんは、様々な病気で治療しても治りづらいことが報告されています。私の専門領域である大腸癌の患者さん300人程を、前任地(浜松医療センター)で調査させてもらいましたが、背骨と大腿骨をつなぐ大腰筋という筋肉の少ない患者さんは、手術後の入院期間が長くなり、病気の再発率が高い傾向がありました。

 手術は、患者さんにとって非常に体力を消耗する治療です。「手術は成功したが、体力が落ちて歩けなくなってしまった」ということにならないように、「プレハビリテーション」という新しい取り組みが海外では徐々に広がっています。「プレハビリテーション」という言葉は「リハビリテーション」に「前もって」という意味の「プレ」を合体させた言葉です。「プレハビリテーション」では、手術が予定されている患者さんに、手術前からリハビリテーションと栄養療法を行います。さらに、手術に備えて体調を整えるためには、タバコを吸っている患者さんには禁煙をしてもらい、睡眠障害、虫歯・歯槽膿漏のある患者さんはそれを治すことも大事なことです。このような取り組みにより、術後の身体能力の低下を防ぐことができ、合併症が少なかったという報告が出てきています。新しい取り組みであり、まだ日本では定着していませんが、早急に取り組むべきことと私は考えています。このためには、今まで以上に医師・看護師だけではなく、理学療法士・栄養士・歯科医師・歯科衛生士・薬剤師・医療相談員などの様々な職種がチーム医療として患者さんに関わることになります。

 健康で楽しく長生きするためには、筋肉量・筋力を低下させない、つまり、「サルコペニア」にならないことが肝要です。何も、ボディビルダーのようなムキムキの体を目指す必要はありません。運動は歩行(ウォーキング)・水泳・片足立ち・スクワット等を自分の体力に合わせてケガをしないように毎日続けることが推奨されています。体を動かすことは、脳の活性化につながり、抑うつ的な気持ちを改善することも科学的に解明されてきています。

 栄養としては、筋肉の基となるたんぱく質を体重当たり、1~1.2gは摂取することが推奨されています。ごく一部ですが、食品に含まれるたんぱく質量は、ごはん 300g(丼1杯) 7.5g、食パン 1枚 5.6g、牛肉 100g(1人前) 19.5g、豚肉 100g 19.5g、鶏肉 100g もも皮つき 16.6g 脚皮つき21.3g、紅鮭 70g(1切れ) 15.8g、まぐろ赤身 5切れ 15.8g、納豆 1パック(50g) 8.3g、卵 1個 6.2g、牛乳 コップ1杯 6.6g となっています。皆さんの1日のたんぱく質摂取量はどの位になりますでしょうか?

 運動・栄養・筋肉を意識して、毎日を過ごすことが、年齢を重ねても益々元気な健康長寿につながります。

 

《まとめ》

・「サルコペニア」は加齢や病気による筋肉量・筋力・身体機能の低下を示す言葉です。
・「サルコペニア」の患者さんは、治療しても病気が治りづらい傾向にありますが、その対策の一つとして「プレハビリテーション」という取り組みが徐々に広がっています。
・運動・栄養・筋肉を意識して日々すごすことが、健康長寿につながります。