読みもの

患者さんのための機関誌「きよかぜ」

内科 高野舞美

普段、元気に生活していると、
「自分が重い病気になったらどうなるだろう」
「突然意識がなくなったら、どんな治療を受けるのだろう」
と考える機会は、あまり多くないかもしれません。
けれど、日々の診療の中では、病気が急に悪化したり、意識が低下したりして、ご本人が意思表示できなくなる場面にしばしば遭遇します。
そのとき、ご家族が治療方針について大きな決断を迫られることになります。多くのご家族が口にされるのは、「本人がどう思っていたのかわからない」
「延命治療を望んでいたのか聞いたことがない」
という戸惑いです。
正解がない選択だからこそ、迷いは大きく、決断の重さは長く心に残ります。だからこそ、元気なうちに少しだけ話しておくことが、とても大切になります。

■「もしものとき」とは特別な状況ではありません
「もしものとき」と聞くと、人生の最期の瞬間を思い浮かべるかもしれません。しかし実際には、もっと身近な場面を指します。
・突然の病気や事故で意識がはっきりしないとき 
・重い病気が進行し、自分の希望を伝えられなくなったとき 
・認知症が進み、判断が難しくなったとき
こうした状況は、年齢に関係なく誰にでも起こり得ます。
その際、医療者はご本人の代わりに、ご家族と相談しながら治療の方向性を決めていきます。その判断の支えになるのが、「どんな生き方を大切にしていたか」「何を望んでいたか」
という、ご本人の価値観です。

■リビングウィル・ACPとは?
最近、「リビングウィル」や「ACP (アドバンス・ケア・プランニング)」という言葉を耳にする機会が増えました。難しく聞こえるかもしれませんが、考え方はとてもシンプルです。
リビングウィル:もし自分で判断できなくなったとき、どのような医療を望むかをあらかじめ考えておくこと
ACP (アドバンス・ケア・プランニング):その考えを家族や医療者と話し合い、共有しておくこと
大切なのは、書類を作ることではありません。
「話しておくこと」そのものに意味があります。一度話した内容が変わっても構いません。人の考えは、年齢や経験によって自然に変化していくものだからです。

■すべてを決める必要はありません
「延命治療を受けるかどうか」「最期をどう迎えるか」そう考えると、重く感じてしまうかもしれません。ですが、具体的な医療行為まで細かく決める必要はありません。
 例えば、次のようなことだけでも十分です。
・できるだけ長く生きることを優先したい
 ・苦痛を減らすことを大切にしたい

・家で過ごす時間を大事にしたい
 ・家族に負担をかけすぎたくない

・会話ができる状態を保ちたい
こうした「大切にしたい価値観」が共有されているだけで、医療の選択はずっとご本人に近づきます。

■家族と話すときのコツ
医療の話を切り出すのは勇気がいります。
しかし、深刻に始める必要はありません。
・テレビやニュースをきっかけに話す
 ・「もし自分だったら」と軽く伝える
 ・一度で結論を出そうとしない
 ・相手の考えも聞いてみる
短い会話を何度か重ねるだけでも十分です。「こう考えているみたいだな」と家族が理解できることが、将来の大きな支えになります。

■内科医としてお伝えしたいこと
医療の現場では、治療には常に「効果」と「負担」の両方があります。
人工呼吸器、心臓マッサージ、胃ろうなどの治療は命を支える一方で、回復が難しい状態では苦痛や合併症を伴うことも少なくありません。
また、高齢や重い持病がある場合、延命治療を行っても元の生活に戻れる可能性が低いケースもあります。そのため医療者は「どこまで治療を行うか」を、医学的な見通しとご本人の価値観の両方から考えていきます。

なるべくご本人の想いに寄り添って治療を決定していきますが、意思が確認できないとき、その手がかりはご家族の記憶だけになります。「こんな話をしたことがある」
その一言が、迷いの中にあるご家族を大きく助けます。「まだ早い」と思う今こそ、実は一番落ち着いて話せる時期です。
体調が悪くなってからでは、余裕を持って話すことは難しくなります。

なお、身近に家族がいない方や、頼れる親族が遠方にいる方もいらっしゃると思います。
その場合は、必ずしも「家族」である必要はありません。信頼している友人、パートナー、近所の方、ケアマネジャー、かかりつけ医など、
いざというときに代わりに話を聞いてくれる人へ思いを伝えておくことも大切です。

ぜひ一度、「もしものときの医療」について、気軽に話してみてください。

  当院で作成した「人生会議手帳」が情報コーナーなどに置いてありますのでぜひご覧になってください