読みもの

病気のお話し

本年3月11日午後に宮城県沖で起こった地震は日本史上に例を見ない災害をもたらした。マグニチュード9とされる震度ばかりでなく、所によっては20mの高さを超える大津波のため町が壊滅し、死者の数さえ震災後20日を経過しても正確に把握できない状態である。また制御不能の原発事故は、科学への過信の反省を迫るものである。

その中で災害時にまず必要とされるのは医療である。大災害の時には弱者、高齢者が最大の被害者となる。このような事態の時、通常の救急体制や思考形態は無力である。清水病院も連絡があり次第に救護班を出すべく、資財や4輪駆動車を確保したが、県から救援依頼が来たのは3月22日で、実際に畑副院長以下6名が甚大な被害が起きた宮古市に向けて出発したのは3月30日であった。このような時には行政と病院の実力が試される。

今回の被災地は面積が余りに広く、多数の医療従事者も犠牲になったので派遣が長期化することが予想される。市民の皆様には、主治医の先生が派遣されるためご迷惑をおかけする事があるかもしれないが、一致団結してこの国難を乗り切るようご協力をお願いしたい。

病院長 米川 甫

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