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過去のおはなし

 

賢い病院選び(2)

 

前回のおはなしは書いているうちに内容が膨らんでしまい一度に書ききれませんでした。もしかしたら、今回もそうなってしまうかもしれませんが、その時は1ヶ月まっていてください。
楽しみに待っていてくださる人が一人でもいらっしゃったら幸いです。そう言う人はぜひメールにてご一報下さい。患者さん(市民の皆さん)の生の声を生かして、このページを作っていきたいと思います。
静岡市清水民の皆様が、より良い医療を受けることができる手助けに、利用されればこんな嬉しいことはありません。
前回のお話をまだ読んでいらっしゃらない方は、メニューの過去のお話をクリックしてみてください。

 

 

前回の最後は、わが国における医師と患者の関係についての歴史と言うところで終わっていますよね。
書いているときには感じませんでしたが、今改めてみてみますとたいそう大げさな言い方をしていますね。
そんな大げさな内容ではありませんので、安心して読んでください。
日本では古くから、医師主体の医療というものが行われてきました。病院にくれば主人公は医師だったのです。しかもその事に関して疑問を感じるひとも少なかったように思います。
そんな訳で病気を治すのはお医者さん、患者さんはお医者さんの言う通りにしていれば良いと言う考えが定着してしまいました。良く言えば信頼(?)、悪く言えば他力本願的な考えが浸透していたのです。
それには、医師と言う職業をあまりにも特別視していたと言う事実も背景にあったと思います。
ですので、診療中にメモをとってまで自分で理解すると言った行為は自然と出てこなかったのです。
しかし現在における医療の主人公は医師から患者へと移りつつあります。
1998年3月に厚生省がはじめての患者向け指針を作りました。その指針につけられたキャッチフレーズは、「あなたがいのちの主人公・からだの責任者」です。
主人公がかわったばかりかいきなり責任者になってしまっています。自分の身体ですから自分自身で責任を持つ、言われてみれば当然のような気がしますが長い間医師主導の医療を受けてきた私たちにとっては、戸惑いを隠しきれないのも事実です。
それでは、責任を持つと言うことは具体的にどのようなことをすれば良いのでしょうか?
まさか医療行為そのものに対して責任をもてと言っているなんて事は考えられませんよね、そんなことだとしたら医師を含めた医療従事者に責任はないことになってしまいます。
私が思うに自分の身体に責任を持つということは、「いかに自分自身で納得のいく治療を受けたか」この一言に尽きると思います。
医師を選択することから始まり、その医師を信頼し治療方針や治療法を医師と患者がお互い納得しあい決定する。そうした上での決定であればたとえリスクを伴っていたとしても、賢い選択であったといえるのはないでしょうか。
その為は前回書いたように、自分の病気にに関して勉強しましょう。診療中にはメモをとりましょう。
そして、”賢い患者”になってください。
患者主体の医療の流れが大きくなっている理由は、患者さん側からの声が届いたからではないでしょうか。病を患った人やその家族で組織されている患者の会、医療に関する市民団体、その他いろいろな人の声が医療側の考えを大きく変えていっているのです。
せっかく掴んだ流れですから皆さん大いに利用してください。しかしここで言っておかなければならない事があります。それは、いくら主人公が患者さんだからといってわがままを押しとおして良いと言うわけではありません。
たとえば、お互い納得して決めた治療法が仮に予想と反したとしても医師のみに責任があるかのようにふるまい、無責任な言動や行動をとったりする。これでは責任の擦り合いになってしまいます。
こんなことが頻繁に起ってくればせっかく変わった流れも元に戻ってしまいます。
医師、看護婦そのほかの医療従事者と患者さんとのバランスが大事になのです。
「急にそんな事言われても戸惑ってしまう。」と言う声があちこちで聞こえてきそうでね。確かにその通りだと思います。実際問題として医療サイドも戸惑いを感じているのですから。
ですから少しでも戸惑いの無い、あったとしても患者さんと一緒に悩んでくれる先生(病院)を選ぶことです。
今回のお話は「賢い病院選び」でしたよね。賢く病院を選ぶにはまずあなた自身が”賢い患者”になりましょうと言いました。そして賢い患者とはどういうことかについてお話してきました。
今回も欲張っていろいろ言いすぎ、長くなってしまいましたのでこの続きはまた来月にしたいと思います。
皆さんのご意見をお待ちしています。

 

 

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